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東京古典会会員コラム:浅倉屋書店 吉田文夫


下見入札大市会を振り返って
          
東京古典会は、明治45年の書林定市会開催を起点とした創立100周年の記念事業で、昨年広くお客様に呼びかけての講演会・記念誌の上梓及び最大のイベントたる下見展覧大入札会等を盛大に挙行致しました。本年はその後の初年度の大会であり、今後の会の発展を願う意味から会員一同大いに張り切っているところです。
 私の記憶では、はじめて広い場所でお客様方に心ゆくまで古書籍に親しんで頂くため、昭和34年に上野寛永寺を会場とした下見会を行い、翌35年は東京古典会50周年記念下見展観大市会をここ寛永寺で挙行致しました。勿論、下見入札会はこの寛永寺で行ったのが初めてではなく、書林定市会当時から大口の一口物などを展覧入札するにあたっては、著名な場所を会場としていたようです。然し上記の50周年記念市を契機として、東京古典会は意図的に名前が知られた場所で下見展観大入札会を行いました。例えば、36年のホーレー文庫の入札は芝の美術倶楽部、翌37年には弘文荘反町茂雄氏を会長とし、村口四郎氏を大会委員長とした、東京・大阪・京都を結集した三都古典会が新しく立ち上げられ、東京は芝の美術倶楽部で、関西では大阪・京都の美術倶楽部に出品物が転送され、東京の担当者はその荷と共に出張し大変だったようです。45年には60周年記念下見展観大入札会として、特選品のみが大阪に送られ北御堂にて下見展示、東京では赤坂のヒルトンホテルで盛大に下見を行い、善本下見のみ古書会館にて同業者を対象として行い、入札会が催されました。
 以上の様に盛大な大会市が開催可能だったのは、まさに第二次世界大戦以後、米国の進駐軍が日本を支配し、かつてない政治の大改革が強制されたことに起因しているのです。日本の政財界の旧勢力は全面的に衰退、永年培われてきた経済力も失われ、今まで門外不出だった特権階層の宝庫が価値観の大変革と共に開かれ、かつて無かったような貴重な資料―文化財が放出されました。その資料共に優れた品々には外国に流れたものもあったようですが、我が古典籍業界をも思いがけず長きにわたって潤してくれました。最高の優品がでる最終台は概して古典会で重きをなしていた村口・反町の両者が競望され、会場は固唾をのんでその成果を見守ったものでした。反町氏の言うには“大市は宝の山にはいったようなもので、貴君達も大いに入札しなさい”と叱咤激励されました。
 その後時勢が変わり、新制大学の多くが設置されると古典籍を求める新しいお客様となり、歴史ある有名大学の集書活動も活発化しました。そのことは裏での文部省の政治的方針に基づいてのことでした。古書籍の有名なコレクションも市場に出ることなく公の場に移動するなど、いつしか古典籍市場から貴重本は姿を消していきました。

 しかし、往昔放出された古典籍は、まだまだかつての蒐集家や同業者のもとで大切に秘蔵されていると信じます。

 私ども東京古典会のメンバー一人一人が意欲を持ち、意気込みを発揮してこそ大市会を盛り上げ、その成果が期待できるのではないでしょうか。101年を迎えた今こそ、大いに皆で頑張りましょう。大切に秘蔵されている古典籍は、必ず戻ってくるはずです。

浅倉屋書店 吉田文夫